0046 
「私がなぜ、学院を卒業した後もお兄さまと呼び続けたか。夫君なら理解できると思うわ」
ぽつりと独り言をこぼした少女は、どこか遠くを見つめ諦めたように口角をあげた。
「そんなに嫌いだったのですか」
好意も含まれるがどこか憎しみを感じて聞いた。
「いいえ。お兄さまは出来すぎた人です。ですから、あの村を導いてくださる」
「信頼をなさっているのですね」
「勿論」
信頼していなければあの暖かで痩せた土地を容易く出ることなど出来なかっただろう。あの愚鈍で長閑な村を出ることなど出来なかった。
けれど。けれども。一度として恋情を抱かなかった。
そして、目の前の男にもまた恋情を覚えないのだ。少女は恋を知らない。少女の与える無償の愛は、全て、村に生きる民へと捧げられるべきなのだから。
6月読了本  
6月の読書メーター
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読んだページ数:7980ページ

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0045 
「あら、殿はこの髪がお好きでしたのね」
口角が僅かにあがった。
「ああ。お前は美しいな」
アゲハの声が聞こえているのかいないのか、男は愛で続ける。
幾分かたっただろう。
「殿、酒などいかがです?」
アゲハのそばには小さな子供が居る。
「蝶か?」
「そうです。蝶が酒を持って参りました」
少し考える素振りを見せるが、蝶がたどたどしい足取りで男の元へ酒を持っていく姿に心奪われたのだろう。まだ美しいというよりかかわいらしい年頃の蝶は、お猪口をアゲハにも渡すと酒をついだ。
「ありがとう、蝶や」
優しく頭をなでると蝶は太陽のように笑う。
男はアゲハの髪を手放し、酒を飲んで顔を赤らめた。
アゲハも蝶もこぞって飲ませ、男は朦朧としてきたのだろう。
「さぁて、いいわ、蝶。戻っていなさい」
うなずく蝶は、先ほどの足取りなど感じさせないほど洗練されていた。
0044 
ある日唐突に村にやってきた五つほど年上の少女が少年の世界になった。過疎で子供が居なくなった山の中においては少女の存在は少年にとって欠かせないものになったからである。
大人に囲まれ、一人で遊ぶことしかできなかった子供は、やはり飢えていたのだろう。突然乱暴に手を引くちょっと大きな、でも子供の範疇である他者に心奪われていくのは明白だった。
遊ぶな、といわれようが少女はいつの間にか縄抜けも錠開けもするし、とんでもなく恐ろしい。先を想像したくない子供だった。元々手先が器用で応用するためにいろんなことに挑戦するものだから、性別は違えど身長の追いつかない少年にはたいそうきつかった。

けれど、出会って一年で彼女は消えた。前日、約束を残して簡単に消えた。少女は、ニエだったのだという。小さな村は神をまつり、食べ物を分け与えられている。若い生きた人の肉は、この村の神においては最大の供物だった。
何故出会わせたのか、と聞くと、彼らは口々に言った。先に出会ったのはお前たちだ。情を交わそうが知らないのだと。
0043 
「お前は美しいな、のぅアゲハ」
アゲハと呼ばれた少女は伏せがちの瞳を僅かに上げ、艶やかに笑んだ。
アゲハにとって、美しいという賛辞に心惹かれるものはない。言われるための努力を欠かさないし、客の男たちは皆こぞって同じ言葉を用いる。今更何も感じない。
「まぁ、うれしゅうございます。殿」
言われ慣れた言葉だった。言われるためだけに頂点を目指した。今、この見せ屋でもっとも指名を受けているのはアゲハだった。アゲハの真の名を聞くために、金を湯水のように使う。アゲハには客などすべて同じ顔に見えているし、直視が忌まれることをいいことに名も声も顔すらも覚えていない。馴染みすらも記憶にない。売れっ子ゆえ、それで許されている。客もまた、忘れられないように見せに足を運ぶ。
0042 
後ろ盾のないものが消されるのは必然。人を人とも思ってないのだろう。そして少女の夫も王宮においては消す側だ。表情をも動かさない。動いてはいけないのだ。情がないわけではない。無いように振る舞わなければ男もまた替えのきく部品でしかない。権力をもてば持つほどに、替えがきくのだという。
「人は噂するもの。そして人は嘘を付くもの。たとえ口にしなくても野心さえあれば作り上げることなど容易いのです」
それとも、と険しい顔の夫に視線を向け、首を傾げた。
「夫君が私を然るべき場所へ訴えますか?」
男は少女を凝視し、笑み崩れもしない顔を見てまじめに返す。
「いいえ。手を回すのって結構大変なんですよ。まだ無駄な努力と決めつけるには早すぎます」
「私としても夫君に選んでいただいたのは光栄なことですもの。逃したくはないものです」
0040 
この責め苦は、私だけに与えられたものだ。この戒めもほかの誰にもない。
だから。
たからこそ、私は選び続ける。

重い静寂を破り、水の音が浸透する。自然が崩壊した場所。ここにはかつて大都市があった。
今壊滅状態のこの場所は都市として見捨てられ、かつての副都心を都市と定めた。国は揺れた。
たったひとり、今にも死にそうに虚弱で、けれど破壊の力を持って生まれた少女によって。
0032 
「これからお仕事ですか?」
「いいえ、杯の議ぐらいゆっくりしてこいとの言をいただきましたので」
王からの言葉がなければ不慣れな場所へ単身来た妻を放っていくつもりだったという言葉を聞いて絶句するが、それだけ夫となる男は仕事に重きを置いているのだろう。
王の言葉以外は頑なに違いない。うまく手綱を引けるかしら、と見当違いなことを考える少女の肩を取って歩を進める。
「他国のお菓子を作成してみたのですけれど、甘いものはお好き?」
ほくそえんだ少女を無視し、男は菓子を持ち上げる。
「他国?」
「国名はちょっと思い出せないけれど、学院の友人に教わりましたの」
「いただきましょう」
駄目元で差し出した手作りの菓子を、男は無造作に口に入れた。信頼されていると思うほどうぬぼれているわけではないが、少々戸惑う。戸惑ったこと自体に少女は腹を立てている様子だった。
「姫君のような人は、毒殺はしないと思いましたが?」
それがどうかしましたか、とまるで動じて無い様子に少女はさらにいらだった。
0031 
いろいろ考えたいこともあるけれど、まず後回し。
大事なのは今なんだから、今をどうにか過ごすので精一杯。
ね、どうしよっか?
先の予定はつめていかないと。
未来は開けて無いと、外出る気持ちも皆無だよ。
0030 
お今晩はァ。さァて、よってらっしゃい、見てらっしゃい。今宵の商品は、……これだッ。
まだ齢は6つ。
好きなように育ててもよし、子供の嫁にしてもよし、働かせてもいい。
さァ。早い者勝ちさ。
この血色、この肌色。
滅多に無い良品でさァ。
この国で重視される髪も見事だろう。これは、お買い得だよ。
さァ兄さん。どうも、今日は精が出るねェ。
よう姐さん。どうだい?まけとくよ。
お、買ってくれるかい?
さァ兄さん、これが品物だよ。